大審問官
非常事態に遭遇すると無力であたふたしてしまう、自分を知ることになる。特に独りの時は精神的な動揺も大きくなり、か弱くて情けない自分の側面を見出す。もちろん「誰だって、そうなんだよ」だから、自分の無力さを認識する事が他者の重要さに気付く事に繋がるのだ。一つは孤独を通して。もう一つは非常時を通してなのか。不測の事態に対して、人は無力であり、心もとない準備や備えしかできないのだろう。René Descartesが言った「我思う故に我あり」の「思う」は正確に翻訳すると「疑う」という意味らしい。その自分自身に向けられた「疑い」が自身の無知はもちろん、弱さ、狡さ、素晴らしさを知る術になる。どんな理論や言葉よりそして、芸術よりも「現実は奇なり」だ。当たり前の事かもしれないが、自分は最近までその現実を直視せずに、知らんぷりをしていた。そんな人間の弱さの為に理論があり、言葉、芸術の素晴らしさがあるのだろう。今日はそんな事を実感する一日を過ごし、ブログを書いている。
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