2013年4月17日水曜日

大きな檜にあすなろう

 テロや地震が起こっても日常生活を普通に過ごしている。身近に感じるのは朝晩のニュースの時だけ。自分にできる事なんて無いから、普段通りの生活を送る。仕事に行って、その合間に飯をくって、糞をして読書をする。こんな事で良いのかと感じながら、これ以上の事をする力も知性も持ち合せていないから急がず、騒がず。そんな現実を凝視するだけなのです。眼を凝らせば凝らすほど、細かな歪やノイズが次から次へと現れる。それをクリアすれば更なる歪、ノイズが永遠に終わらない眼を凝らす作業のたびに自分は一喜一憂しながら死んでいくのかな。

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